一連の「朴槿恵大統領」騒動で思い出す、金大中が日本の国会で使った「未来志向」という言葉

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隣国、韓国が騒がしい――。

先日、朴槿恵大統領の弾劾訴追案が可決され、職務停止された。現在、韓国は大統領不在の状態となっている。
中田が韓国に関して思い出すのは、九八年、当時、韓国の大統領の金大中が日本の国会で行った演説である。
演説はこう始まる。
〈二五年前の〝東京拉致事件〟と、一九八〇年の死刑宣告をはじめとする民主化闘争の過程で、生命を失いかけた私が、今、大韓民国の大統領としてこの席に臨んでみますと、感慨無量な心情を禁じえません。
私は、私の生命と安全を守って下さるため、長い期間に亘って努力を惜しまれなかった日本国民と言論、そして日本政府のご恩を、決して忘れることができません〉
東京拉致事件とは、七三年八月に金大中が韓国中央情報部により東京のホテルグランドパレスから拉致された「金大中事件」のことだ。
そして金大中はこう続けた。少々長いが、そのまま引用する。
〈今の日本は、発展途上国に対する世界最大の経済援助国として、自国の経済力にふさわしい国際的役割を、忠実に履行しています。また、人類史上初めて原爆の被害を体験した日本国民は、常に平和憲法を守り、非核平和主義の原則を固守してこられました。
かくの如く、戦前の日本と戦後の日本には実に克明な対照をなしています。私は、戦後の日本の国民と指導者たちが注いだ、血の滲むような努力に深い敬意を表するものであります。
しかしながら、わが韓国を含むアジア各国には、今も日本に対する疑櫂と憂慮を捨て切れない人々が大勢います。その理由は、日本自ら過去を認識し、謙虚に反省する決断が足りないと考えているからであります。
こうした疑惑と不信が存在しているということは、日本のためにもアジア各国のためにも、甚だ不幸なことであると言わざるをえません。反面私は、過去を正しく認識し反省する、道徳的勇気のある、数多くの日本の民主市民がいるという事実も、よく知っています〉
衆議院議員だった中田は、国会でこの演説を直接聞いていた。
九六年、中田はソウルにあった金大中の事務所を訪ねたことがあった。このとき、彼は九二年の大統領選挙に敗れており、政界とは距離を置いていた。極めて流ちょうな日本語を話す姿が中田の印象に残っていた。その後、彼は九七年の総選挙で当選し大統領になったのだ。
中田が感心したのは、次の言葉だった。
〈今、韓日両国は過去を直視しながら、未来志向的な関係を築いていくべき時を迎えました。過去を直視するということは、歴史的事実をありのままに確認するということであり、未来を志向するということは、確認した史実から教訓を得て、よりよい明日を模索するという意味であります〉
過去については日本側に釘を刺すものの、そこに拘っているわけではない。バランス感覚のある演説だった。過去を直視しながら未来志向的な関係を築いて行くべきだというのは、中田も同意見だった。

困ったときに〝反日〟カードを韓国大統領が切るという反〝未来志向的〟な関係が続いてきた

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その後、二〇〇二年のワールドカップ決勝で中田は金大中と横浜で再会している。開催地、横浜市長として、中田は韓国大統領の金大中を迎えたのだ。「お久しぶりです」と中田が挨拶し、6年前に事務所を訪ねた時のことを話すと、「ワールドカップの共催で日韓関係はより強固になる」と金大中は語ったという。中田は新たな日韓関係が始まればいいと思っていた。
しかし――。
金大中の後、韓国の大統領は〝未来志向〟ではなかった。
「盧武鉉、李明博の二人とも困ったときに〝反日カード〟を使うようになった。そのカードを与えたのは日本でもあった。賠償は日韓基本条約で解決済みになっていたのに、朝日新聞などが蒸し返すような報道を続けて韓国で火がついてしまった。困ったときには反日カードを切り、韓国のメディアがそれをはやし立てる」
そして二〇一三年、朴槿惠が大統領に就任した。
「朴槿惠は最初から反日カードを使ってきた。彼女は最初から中国に接近して、国連、ユネスコでの南京大虐殺の登録、慰安婦像の設置など中韓共闘路線を突き進んだ。韓国にとって経済的に中国を重視しなければならないことと政権維持と両得だった」
東アジアには北朝鮮という不安定な国が存在する。韓国は北朝鮮に対する最大の当事国である。北朝鮮を国際社会に軟着陸させるには、日本との協調が不可欠である。
しかし――
「当初、彼女がやっていたことは日韓関係の破壊だった。アメリカに対しても同様だった。国際社会の中でどこを軸においているのか見えない状態になっていた」
とはいえ、「隣国の指導者がどうあるべき」だと指摘しても意味がないと中田は考えている。大切なのは、日本側の態度である。
「韓国出身の作家で拓殖大学教授の呉善花さんと対談したことがある。彼女は韓国で〝反日教育〟を受けていた。日本にやってきて、自分が受けた教育とのギャップを感じて、日本文化に興味を持つようになった。それを韓国で公言すると彼女自身が批判の対象になってしまった」
その彼女は韓国との付き合い方についてこう答えたという。
「困り果てて頼ってきても手を差しのべては駄目。困ったときにだけ頼んでくるという関係になってしまう。時間を少し置いてから、堂々とした態度で自分たちが正しいと思ったことをやること」
そして何より望まれるのは、韓国に未来志向の正論を言える大統領が誕生することである。

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構成・田崎 健太 (ノンフィクション作家 http://www.liberdade.com)