20140903VOA
 今月一日から三日にかけて、中田宏は所属する次世代の党・国会議員団とフィリピンを訪れた。最終日の三日にはフィリピンの国会議員たちと合意文書の署名をしている。内容は、海洋における武力による一方的な問題解決を認めず、法の支配を推進するというものだ。
 この合意文書に紙面で少しでも触れたのは、読売新聞(五日付)だけだった。それ以外の政治記事は、安倍内閣改造に終始していた。
 一方、アメリカのラジオ「ボイス・オブ・アメリカ」は三日夜から四日に掛けて、次世代の党とフィリピン国会議員の記者会見を、世界の五大ニュースの三位として報じている。安倍内閣改造は、その中には含まれていない――。
 今回のフィリピン訪問について中田は「建設的野党外交」であると説明する。
「野党の議員外交は、日本政府、国の悪口を外国で言い、外国の主張に同調するなど、政府の足を引っ張る目的のものが多かった。例えば、韓国に対する社民党や民主党などの野党の態度が、韓国側が世界中に虚偽の主張を声高にするのに力を与え、従軍慰安婦問題を悪化させてきた。一国の総理大臣にまでなった方のことを悪く言いたくはないが、鳩山由紀夫元総理に至っては、尖閣諸島を中国から日本が掠め取ったという主旨の発言をしてきたこともある。事実関係を深く掘り下げるわけでもなく、その時の思いつきの言動により、いたずらに国益を損ねてきた」
 日本維新の会が次世代の党などに分党し、その後、国会は閉会した。閉会期間を利用して、〝次世代の党らしい〟外交を打ち出していこうという方針が打ち出された。
「その中の一つが、海洋秩序。海で繋がっているアジア諸国と問題意識を共有し連携すること。その筆頭がフィリピンだった」
 中田がマニラを訪れるのは約十年ぶり、四度目になる。交通渋滞、高層ビルと対照的な貧民街という貧富の差は相変わらずだった。ただ、変化も感じた。
 前回、街を走っていた「横浜市営バス」が姿を消していたのだ。横浜市の使用済みのバスをフィリピンでは塗装もそのままに使用していた。今回はそうした中古のバスではなく、新しいバスが走っていた。
 マニラではベルモンテ下院議長、ビアゾン下院国防・安保委員長などの国会議員や官僚らと意見を交換した。
「基本的に安倍政権に対してはポジティブな反応だった。例えば、(昨年十一月)突然、中国が東シナ海に防空識別圏を設定したことに対して、安倍政権は毅然とした態度をとった。フィリピンの議員たちも中国の防空識別圏は全く受け入れがたいと同意見だった」

自国を必死で守ろうとする国でなければ、他国が助ける甲斐がない。

 フィリピンに面している南シナ海は、中国、インドネシア、ベトナム、台湾などに囲まれている。
 中国はジョンソン南礁の複数の岩礁の浅瀬を砂で埋め立て、人工島を〝建設〟した。中田たちがフィリピンを訪問する前週、桟橋、建物が作られ、ヘリコプターの離着陸が可能となったという報道があった。
 中国は以前から南シナ海の大部分を自国の領海であると一方的に主張し、フィリピンやベトナムなどの近隣諸国と揉めてきた。そうした中で、議論ではなく実効支配を推し進めているのだ。
「フィリピンの経済は華僑がウエイトを占めている。そういう意味では日本の経済人以上に中国に逆らうなという風潮は強かった。しかし、中国の力による現状変更が進み、漁船に対する体当たりなどの事件が起こり、これまで魚を獲ってきたフィリピンの漁民が漁場に怖くて近づけないという事態になった。さすがにアキノ大統領は中国に対して強い態度を取り、国民はそれを支持している。フィリピン政府は、ASEANの会議など様々な場で、中国に対して異議を唱えているが、着実に現状変更は進んでいるのが現状だ」
 中田たちはフィリピン沿岸警備隊、日本における海上保安庁の基地を訪ね、こうした〝現状変更〟の説明を受けた。
 彼らはフィリピンと中国の国力の差を嘆いた。毎日、警備艇を送り込んでいる中国と、ほとんど島を警備できていないフィリピンの差があるという。
 フィリピンの国会議員からは、中田たちが想像していた以上に踏み込んだ提案が出て来た。日本・フィリピン間で安全保障条約を結べないかというのだ――。
 中田はこれを聞いた瞬間、「それは、無理だ」と、直感的に思った。
 もちろん、安全保障という〝条約の締結〟は政府がやるべきことであり、極めて難しいことだ。しかし、中田が絶望を感じたのは、そこではない。
「バッグをテーブルの上に放り出したままトイレにでも行って、五分後に戻ってみたらバッグが盗まれていたとする。日本なら、バックを置き去りにした人も悪いが、一番悪いのは盗んだ人。フィリピンと中国の関係で言えば、国際社会も一応中国が悪いと考えている。だが、世界はこうも思っている。獲る方も悪いが、みすみす獲られた方はかなり問題。南シナ海は日本にとってもシーレーンとして重要地域である。ただ、自分の国を本気で守ろう、守っている国でなければ、助けに行く甲斐があるだろうか。
 フィリピンの空軍にはまともな戦闘機は一機もない。自分で自国を守る努力を十分にしているとは残念ながら言えない。そうした国を助けること、犠牲を払うことを他国の国民が納得することはない」
 そして日本はではどうだろうと中田は考えた。もちろん、日本とアメリカの関係である。
 日本のメディアがほぼ見過ごした、次世代の党とフィリピン国会議員の合意文書を、アメリカ・メディアが重要ニュースとしたのは、存外、深い意味がある。

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構成・田崎 健太 (ノンフィクション作家 http://www.liberdade.com )