平成13(2001)年5月21日 朝日新聞

◆金正男氏?確認避けた政府の無責任

中田宏 衆議院議員(無所属の会)

朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の金正日総書記の長男・正男氏とおぼしき男性らが偽造旅券で不法入国を謀り、東京入国管理局に成田空港で拘束されるという出来事があった。周知のように、一行4人は3日後の5月4日、国外退去処分に付された。男性が、正男氏その人であったことはまず間違いない。

彼らの国外退去は謎だらけだ。全日空機2階席を貸し切り状態で一行に振り当て、外務省アジア大洋州局審議官ら外務、法務両省の職員6人が付き添った。北京空港では、中国外務省の幹部らが出迎え、男性らは貴賓室に招き入れられた。不法入国時と同じ運航業者の責任と費用で直前の出発地に戻すところが、別の航空会社で本人らの希望の北京に向かった。いずれも、一不法入国者に対する、通常では考えられない「特別な取り計らい」である。

また、確かめようもないが、男性本人が金正男と認めた、入管での身柄拘束は外国情報機関からの通報が端緒であった、北京には北朝鮮からの特別機が一時準備された、などの情報もある。バスポート記載生年月日が金正男氏と一致しているという事実もあり、いまさら、別人だったと思っている日本人は皆無だろう。

政府は、森山真弓法相が4日のコメントで「金正男なる人物に該当するか否かは確認できなかった」としたのを皮切りに、小泉純一郎首相も男性の確認を一貫して避けている。それどころか、この件で政府に緊急アピールを出した私を含む超党派国会議員の会のメンバーに対し、8日のヒアリングの席上、法務省の高橋恒一官房審議官は「朝鮮系とまでは聞いたが、国を特定できなかった」と言明した。それが事実なら、お粗末極まりない。ウソならば、国民への明らかな背信であり、至って悪質だ。

一部には、彼らを法務当局が入管難民法違反罪で警察当局に刑事告発し、逮捕・拘束することで、いわゆる拉致事件被害者救出の交渉カードに使うべきだとか、中断したままの日朝国交正常化交渉の取引材料にできたという意見もある。それも1つの者え方と認めるが、果たして本当に有効なカードになり得たかは定かではない。事態が悪化する恐れもあり得る。

とはいえ、今回の政府の処置は最低限のことすらが行われていない。不法入国という非は一方的に相手にあり、日本には何ら非はない。すべて国民にオープンにできないとしても、北朝鮮と水面下で、何らかの交渉が行われたのか。その結果、日本にとって、拉致問題など日朝交渉の進展につなげられたのか。そうした高等戦術が取られたとは到底思えない。

私は最低限、この男性が金正日氏の長男・正男氏であることをわが国は確認する、もしくは一方的であれ断定するという発表のあり方でなければならないと考える。その上で、今回は特別措置として北京に退去させたということを世界に向けて発表するべきだった。
法務省当局は否定するだろうが、仮に今回、男性自身が金正男氏本人であることを臆せず認め、同じ偽造旅券で過去3度訪日したことなども認めていたとするならばどうであるか。事態を穏便に収拾するため、それは言わなかったことにして欲しいと日本側から要請したりしていれば、足元を見られたのはむしろ日本ということになる。何のことはない、北朝鮮に借りをつくったのは日本政府であり、日本にも北朝鮮にも貸しをつくったのは中国ということになろう。杷憂とは言いきれまい。

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