参議院選挙の行われた七月十日の夜、中田宏は自宅のテレビで開票を見ていた。予想していた通り、自民党・公明党の与党圧勝が画面には映し出されていた。
「今回の選挙では、与党陣営が強かったのではない。良識的な人間であれば投票する野党がなかったということだと思う」
 つまり――。
「野党の主張は、安倍政治を許さない、あるいは参議院で三分の二を取らせないという、いわば、ネガティブな発信だけだった。二〇〇九年の総選挙のとき、野党は〝政権交代〟の一本槍で戦い、勝利した。政権交代というのは政策でも理念でもなく政治の舞台転換。それを目的に掲げることは政党としては、自分たちの無策を晒しているようなもので、本来は恥ずべきこと。それでもポジティブなメッセージで、まだましだった。今回、有権者は野党側からは何のメッセージを受け取らなかった。そもそも自分の主義主張と百パーセント重なる政党を見つけるのは難しい。ベストではないが、ベターということで、与党を選んだ人が多かったのではないか」
 今回の参議院選挙は与野党の争点が噛み合わない選挙でもあった。与党はアベノミクスの継続を訴え、野党側は格差是正と憲法改正反対を全面に打ち出した。特に憲法改正である――。
憲法改正について、自民党の公約を見ると、最後に〈国民合意の上に憲法改正〉という項目があり、少し触れられているだけである。

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〈わが党は、結党以来、自主憲法の制定を党是に掲げています。憲法改正においては、現行憲法の国民主権、基本的人権の尊重、平和主義の3つの基本原理は堅持します。
 現在、憲法改正国民投票法が整備され、憲法改正のための国民投票は実施できる状況にありますが、憲法改正には、衆参両院の3分の2以上の賛成及び国民投票による過半数の賛成が必要です。
 そこで、衆議院・参議院の憲法審査会における議論を進め、各党との連携を図り、あわせて国民の合憲形成に努め、憲法改正を目指します〉

 憲法改正の過程について確認しておく――。
 衆議院百人以上、参議院五十人以上の国会議員の賛成により、憲法改正案の原案が発議、衆参各議院の憲法審査会で審査された後、本会議に付される。
 改正案が、両院それぞれの本会議で三分の二の賛成で可決した場合、六十日以後、百八十日以内に国民投票へ掛けられる。
「衆参の憲法審査会で議論を進め、最終的に国民の判断に委ねられる。当然のことを自民党は公約に入れている」
 中田は、自民党の改憲案に全面的に賛成しないが、現在の憲法には不備があると考えている。
 例えば、財政である。
 中田は横浜市長時代、横浜市の負債を約一兆円減らした。右肩上がりの経済という甘い見通しの元、緩慢な財政を続けて来たつけを払うことになった。
「財政について何らかの文言を憲法に書き込むべき。国も地方も問題を先送りして、次の世代に借金を背負わせている。健全な財政運営、という言葉が入っていれば、緩慢な首長は憲法違反だというそしりをうけることになる」
 あるいは一票の格差――。
「参議院の一票の格差が憲法違反とされて、地方の選挙区が行政区を超えて合併されるようになっている。これでは地方の声がさらに届きにくくなってしまう。現行の選挙制度ならば、衆議院は人口に比例した選挙区でもいいが、参議院については県などの行政区分に準拠したほうがいい。その他、環境権、緊急事態の判断も考慮すべき。現在の法律では、倒壊した家屋や一般車両が道を塞いでいて、緊急車両が通ろうとしても財産権があるので、それを壊して排除することはできない」
民進党は、議論を放棄した「集団的自衛権」と同じ轍を踏むのか

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 現在の憲法は昭和二二年(一九四七年)に施行されている。平和憲法の維持はもちろんではあるが、時代に合わせた修正は必要なのだ。
「野党側は憲法改正を全面に押し出して、一方的に選挙の最大の争点にした。そして結果は惨敗。これは民意の反映として受けとめなければならない。野党は自分たちの主張が受け入れられなかったことを認めなければならない。つまり、共産党、社民党はともかくとして、民進党は憲法改正の議論に加わる方針転換をするべきではないか」
 中田が思い出すのは、「集団的自衛権」を巡る国会審議である。
 二〇一五年十月の〈増刊中田〉で書いたように、集団的自衛権は、国連憲章で主権国家が持つ固有の権利として認められているという上で、大切なのは「どこまで行使を認めるか」だと中田は指摘している。しかし、野党側は「徴兵制」「戦争法案」「憲法違反」という極端な言葉を持ち出して議論に応じることはなかった。
 これとまた同じことが憲法改正でも起こる可能性がある。
 七月二十一日付の「産経新聞」の〈阿比留瑠比の極言御免〉というコラムでは参議院選挙の後に産経新聞社とFNN(フジニュースネットワーク)が行った世論調査に触れていた。
〈(憲法改正の是非について)単純に賛否だけをみると、「賛成」(42・3%)と「反対」(41・7%)と拮抗し、国論は2分されているように思える。(中略)ところが「反対」と答えた人に「9条を残す条件での憲法改正」について聞くと、なんとほぼ3分の2の64・5%が「賛成」と答え、「反対」はわずか24・5%にとどまつている〉
 中田はこれが本当の民意に近いのではないかとみている。
「9条を変える、あるいは自衛隊を国軍に変えるというのは、国民から大きな反発がある。イデオロギー的な危機感を払拭できていないことは安倍さんも理解しているだろう。今回の改憲は、それ以外の部分になるだろう」
 集団的自衛権のときと同じように、やみくもに反対するのは、国会議員、公党の責務を放棄することだ。
 ただし、中田は「現在の民進党の体質を考えると難しい」とも付け加えた。
 まずは、民進党が憲法審査会に参加するかどうか。そこで、この野党が民意をくみ取って、政党としての責任を果たす気があるかどうか、はっきりすることだろう。

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構成・田崎 健太 (ノンフィクション作家 http://www.liberdade.com)