中田宏チャンネル_160608_#257_ゴリラ

アメリカ・オハイオ州シンシナティの動物園で3歳の男の子がゴリラ舎に転落し、ゴリラが射殺される出来事がありました。
射殺されたのはニシローランドゴリラで、IUCN(国際自然保護連合・International Union for Conservation of Nature)のレッドリスト(絶滅の恐れがある生物種のリスト)に載っており、またワシントン条約附属書Iには「今すでに絶滅する危険性がある生き物」とされています。
絶滅寸前の動物に指定されているため取引などもできず、学術研究や繁殖のために政府間で重要な取り決めに基づいて初めて取引される動物です。

この出来事に対してはいろいろな意見があり、親の責任を問うとしてネットでは50万人以上もの署名が集まっています。
動物団体からは動物園の責任を追及する論調もありますし、動物学者は動物園の対応についてコメントを発しています。
これらは、ゴリラよりも人の命を救ったことについてはある意味で肯定した上で、親の責任や動物園の対応について議論しています。

全く違う観点が無いようなので、敢えて記してみます。

「果たして射殺は妥当だったのか」

子供は世の中にたくさんいますし、これからも生まれてくるでしょう。
ところがこのゴリラの代わりはほぼいないと言っていい状況です。

子供の命よりもゴリラの命を優先すべきという声は今のところないようで、当たり前でしょうか。
適切な対応だったかどうかの議論はあってしかるべきですが、今回の判断を責めるつもりはありません

ハーバード大学のマイケル・サンデル教授の『白熱教室』だったらどう扱うでしょうか?
「果たして何が正しいのか」
「君ならどうするのか」
「その理由はいったい何なのか」
ということを、サンデル教授のように議論を突き詰めて、私たち人間の役割や間が動物界を含めてどうやって責任を負うのかについて考える機会ではないでしょうか。

師である松下幸之助翁は「人間は万物の王者である」と言っていました。
これは決して人間が万物の頂点に立ち、偉い存在だということではありません。
真の意味での人間中心主義で、それは人間がこの自然界を含めて責任を負っていることに対して我々は謙虚であり、その務めを果たさなければいけないということを意味しています。

今回の出来事を機に、根本に遡って人間のあり方を考えてみませんか。

<著者>
中田宏
1993〜衆院議員(3期)、2002〜横浜市長(2期)、2009〜総務省顧問、2011〜大阪市特別顧問、2012~14衆院議員。青山学院大経済学部卒、松下政経塾(10期)卒

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