中田宏チャンネル_160601_#252_オバマ広島

5月27日に広島で行われたオバマ大統領のスピーチについてです。

被爆地・広島を訪ねたオバマ大統領が約17分間のスピーチを行いました。
その出だしは
「71年前のよく晴れた雲のない朝、空から死が降ってきて世界は変わった」
主語はありません

アメリカでは「謝罪すべきでない」などもありましたから、主語として“アメリカが”や“誰が”は述べられていません。
全てのスピーチを読みましたが、あえていえば“人類”や“国が主語でしょう。
戦争の悲惨さを繰り返し述べた上で、科学などの人類の技術は人が生活をより良くするために使われていくべきで戦争に使われることがいかに悲惨かを述べています。
「文明論」のようなスピーチでした。

最も注目したのは
「我が米国をはじめとする核保有国は恐怖の理論から逃れ核のない世界を目指す勇気を持たなければならない。私の生きているうちにはこの目標達成することはできないかもしれない。しかし、たゆまぬ努力により、惨劇の可能性を後退させることはできる」
という部分です。
大統領は常々、核廃絶を訴えていますが今回「私の生きているうちにはこの目標を達成することはできないかもしれない」と言っているわけです。
批判が多いわけではありませんが、意外に思った方もいるのではないでしょうか。

オバマ大統領の後に7分強のスピーチをした安倍総理大臣も同じく核廃絶を訴えましたが、「私が生きている間は無理」「私の政権中は無理」とは言っていません

日本人的には、難しいのはわかっているけれども言わないで欲しいというところではないでしょうか。
これが日本的だからなのか、それともオバマさんが正直だからなのかは、議論が分かれるところかもしれません。

大統領は
「遺伝情報のせいで同じ過ちを繰り返してしまうと考えるべきではない。我々は過去から学び選択できる。過去の過ちとは異なる物語を子供たちに語ることができる」
とも語りました。
つまり政治(家)としてこの道を選択していきたいと言っています。
オバマ大統領は正直に人として感情・本音をスピーチに込めていたと思います。
それは戦争の悲惨さであり、核廃絶に向けた自分自身の本音です。

一方では政治家として、そうはいっても核が現実にあり、削減をしようと思う人がいれば逆に増やそうという人たちがいることはわかっている。
そのなかで、客観性大統領の責任を踏まえていたのです。

私も同じく20年以上、政治に関わってきたので、政治家として常にこの種の葛藤があることはよくわかります。

人としての何としても実現をしたい本音・理念がある。
しかし、現実にはそれをすぐに変えられない苦悩がある。
その上で国民を守り、豊かにすることに向けて日々苦悩を重ねている
この様(サマ)がオバマ演説には出ていたと思います。

<著者>
中田宏
1993〜衆院議員(3期)、2002〜横浜市長(2期)、2009〜総務省顧問、2011〜大阪市特別顧問、2012~14衆院議員。青山学院大経済学部卒、松下政経塾(10期)卒

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