中田宏チャンネル_160322_#205_原発

福井県の関西電力・高浜原子力発電所3、4号機の運転差し止めを求めた仮処分申請に対し、大津地裁が差し止めを命じる決定を出しました。

この件は、原発に賛成・反対に関係なく、裁判所がここまで踏み込んで決定を下せるのかについて考えなくてはならない問題だと思います。
原発に反対だから今回の差し止めを見事だと喜ぶのも、原発に賛成だからけしからんと怒るのも筋違いです。

なお、私の立場は「脱原発依存」です。
原発は限りなく減らしてよいと思うがゼロにしてはいけない。
技術を失うことは国家的観点から絶対にあってはならないと考えています。

今回、大津地裁は関西電力に原発安全性の技術的根拠を説明するよう求め、関電はいろいろなデータを示して安全性を主張しましたが、地裁は対策がすべて検討し尽くされたのか不明だとして受け入れませんでした。
この理由では、裁判官が専門的な内容全てを理解できるあるいは原発の技術者と同水準のレベルであることが前提でなければ説明を求めて判断を下せるものではありません。

これまで、何かについてどんなに合理的な説明を尽くしても反対の人は最後の最後まで「自分が納得できない」と言ってきたことは何度も経験しました。
今回の大津地裁の「不明だ」は「納得できない」に近い魔法の言葉のように聞こえます。

ちなみに平成4(1992)年に最高裁が四国電力・伊方原発訴訟判決で示した「高度で最新の科学的、技術的、総合的な判断が必要で、行政側の合理的な判断に委ねられている」という見解がありますが、これは極めて常識的だと思います。
すなわち裁判所は「法がありその法の中で法に則っているか」をきちん判断するべきで、裁判所が技術的なことまで入り込んで良し悪しを決めるのではなく、合理的な判断は行政がすべきであるということです。
日本は議院内閣制ですので、立法機関である国会からの行政府、これに対する国民の審判=選挙で評されるべきではないでしょうか。

例えば宇宙開発や軍事技術の予算執行に当たり「おかしい」と誰かが提訴し、裁判所が子細に至るまで技術的な判断をするようなことがあればそれもおかしなことです。

今回の判決では、原発の賛成・反対に一切関係なく裁判所がそこまで判断をするということでいいのかを考える必要があります。

裁判所は法治国家における法の判断をすべきです。
その法を作って執行する行政の判断は有権者がするのです。


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