中田宏チャンネル_160218_#183_いちょう団地

2016年2月14日(日)付朝日新聞『(フォーラム)隣の外国人』というタイトルの連載が載っていました。

神奈川県の大和市と横浜市泉区にまたがる神奈川県営いちょう団地で声を集め、その中身についてルポした記事です。

現在、この県営いちょう団地の2割の世帯が外国人・外国籍の方ということで、大変なのが学校の運営です。横浜市長時代、この地域にある横浜市立いちょう小学校などの教育・教員のあり方をどうするか、日本語を覚えてもらうにはどうするか等の政策的な議論を何度も行いました。
いちょう小学校は生徒の7割が外国籍もしくは外国籍から日本に帰化した元外国籍だった人が占めているそうです。

外国人が多いのは昭和55年に国が「大和定住促進センター」という難民を受け入れる施設を設置したことが始まりのようです。
この施設は当時の国際問題の1つであったインドシナ難民、ベトナム・ラオス・カンボジアの難民を受け入れ、日本語教育・社会生活適応指導・就職・定住後の支援などを行うものでした。
すでに閉鎖されましたがここを巣立った2,000人以上の人たちが近隣の県営いちょう団地に住み始めて現在に至っているようです。

朝日新聞の記事には、今では団地に6ヶ国語で様々なルールが表記され、当初はルール違反である焚き火をしたり、生肉をベランダに干したりと過去にあった例や今に至る経緯が書かれています。
外国人の意見として、例えば日本人にとっては当たり前かもしれない「家の中では靴を脱ぐ」ルールについて不動産屋さんから一言教えてくれたら、と言った声もありました。

記事で特に印象に残ったのは、地域のボランティア団体代表の
「顔の見える関係を作り、行政や学校も含めてつながることが大切。騒音やゴミ出しなどのトラブルも、子どもたちの教育や社会的孤立を防ぐための仕組みといった課題も、外国人特有ではなく、すべて日本人の課題と通じる」
という言葉です。
こうした問題は決して外国人だからではなく日本人でも課題になっているということで、私も同感です。

今から27年前・1989年にシンガポールで働いた時期がありますが、まさに多民族社会でした。
最も多かったのはマンダリン=中華系の人たちでしたが、それ以外にマレー系・インド系の人たちがシンガポールという小さな社会を形成していました。
当然、民族で価値観・ルール・生活習慣はそれぞれ違います。
だからこそシンガポールでは例えば「地下鉄でガムを噛んだら罰金」という法律を制定してルールを一つひとつ明瞭にしたわけで、「これはシンガポールとしての知恵なんだな」と当時、思ったものです。

それから約30年が経って今の日本社会を見渡してみると、外国人が増えたことで多様性が広まり多民族社会になったとも言えますが、一方で日本人でも様々な考えが出てくるようになり、日本人だから同じとは簡単には言えなくなっています。
今の日本は多民族社会というより「多人種社会」になってきている、いろいろな人が居ることを前提にわかりやすいルールを作り、それを知らしめた上で最低限のことをきちんと守っていく。
そこから先はもちろんそれぞれの自由がありますが、このような社会づくりが今の日本には必要になっているのではないでしょうか。


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