人は己のことは自分が一番良く知っていると考えるものだ。しかし、自分の性向であったり、問題点をはっきりと認識するのは他者と引き比べたときであったりする。国家も同じだ。欧州のように陸路で国境を接し、ひりひりとした他国との交流が日常でない、日本のような島国は自らの像をしばしば見失いがちだ――。

②

少し前の話になるが、中田宏は八月末にフィリピンを訪れている(この背景については、二〇一四年九月、一五年三月の増刊中田宏を参照して頂きたい)。フィリピンと日本に共通するのは領土・領海問題である――フィリピンは、中国、インドネシア、ベトナム、台湾などと南シナ海を共有している。そんな中、中国は以前から南シナ海の大部分を領海だと主張してきた。そして、ジョンソン南礁の複数の岩礁の浅瀬を砂で埋め立て、人工島を〝建設〟、実効支配を進めている(これについては以前の増刊中田宏で触れている)。「残念ながら、状況は悪化している。日本は尖閣諸島をなんとか守り抜いているが、フィリピンは中国に領土、領海だった島々を占拠されている。フィリピンは中国の海洋進出に対して、日本以上の憤りを持っており、国際法に則って一方的な現状変更を認めないと主張している。しかし、残念ながら具体的なアクションはない。約1年前、日本と呼応して議員連盟を結成しようという話になったが、動きが鈍く、フィリピン側は未だ活動に入れていない」
フィリピンという国は、すでに起こってしまった現象に対しては怒る。しかし何か〝事〟が起きる前に手を打つことはしないと中田は嘆息する。
「日本は戦略をもって長期的な国家経営をしなければならないと識者が指摘することがある。確かに日本は単年度主義、総理大臣がころころ替わることも含めて、目先の行動が多い。しかし、フィリピンはそれ以上かもしれない」
そもそもフィリピンの海洋警備隊は領有を主張している領海、島をカバー出来ていない。領海侵犯を感知しても、その島に到着するまで一日ほど掛かってしまうのが現状である。

③
なぜフィリピンは隣国の侵入をやすやすと許す国になってしまったのか――。
「フィリピンにはかつて同盟関係にあったアメリカが海軍基地を置いていた。一九九一年に国会決議をして、アメリカ軍を追い出すことにした。自国に外国の軍隊が駐留しているのはおかしい。そんな国は独立国家とはいえいないというのは至極正論である。しかし、アメリカ軍が出て行った翌年から中国はどんどん島を占拠するようになった」
独立国家としての矜持云々を別にして、現実にアジアで中国の抑止力となってきたのはアメリカである。

独立国家としての矜持云々は別にして、日米同盟はこの地域の〝インフラ〟である

先月十九日、参議院本会議で安全保障関連法案が与党などの賛成多数で可決、成立した。この安保関連法案は自衛隊法など既存の法律一〇本の改正案「平和安全法制整備法」他国軍の後方支援に関する新法「国際平和支援法」の二つ。

九月十九日付の日本経済新聞はこの法律についてこう説明している。〈日本の平和と安全に影響を与える事態に切れ目なく対応するとともに、日米同盟を強化して抑止力を高める狙いがある。自衛隊は任務を飛躍的に広げ、未知の領域に踏み出す。後方支援を認める他国軍や支援内容の範囲も拡大。活動範囲は地球規模に及ぶ。国連平和維持活動(PKO)の武器使用基準も緩和し、任務遂行の目的などでの使用も認める。4月に改定した日米防衛協力のための指針(ガイドライン)の法的根拠を担保するもので、米軍との一体化が加速する〉

「日本が単独で自衛するためには、相当の予算と装備が必要になる。財政的にも時間的にも今それを実現することは無理。さらに言うならば、自衛隊がかなりの重装備をすることの方が世論的には難しいとも言える。日米同盟の本質というのは、日本が武力行使に遭った際、アメリカが助ける。その代償として日本は基地を提供するというもの。アメリカが日本に駐留していることによって、台湾などの近隣諸国もその恩恵に預かっている。そのため日米同盟は、この地域の〝インフラ〟としばしば表現される」

今回の安保関連法案の肝となるのは、集団的自衛権の容認の是非だった。集団的自衛権とは、自国が直接攻撃を受けていなくても、同盟国など密接な関係のある他国が攻撃を受けた場合に、自国が攻撃されたとみなして共に反撃する権利である。
「今回の集団的自衛権はいよいよ”このままだと日本がやられる”という場合のみの限定的行使。それ以外にも、アメリカ軍が”国際益”のために活動している時に後方支援をするなどで日本は可能な協力をできるようにする。もちろん、アメリカ軍との距離を縮めることで、日本が戦争に巻き込まれやすくなるという指摘は当たっている。しかし、日米同盟が強固になることで、日本に簡単に手を出せなくなるということでもある」

国連憲章では、自国が攻撃を受けたときに反撃する個別的自衛権とともに、主権国家が持つ固有の権利として行使を認めている。
その上で中田は本当に大事なのは、どこまで集団的自衛権を認めるかだと指摘する。
「アメリカ軍は日本の有事の際には日本を助ける。日本もまたアメリカの有事の際にはアメリカを助ける。これがフルの集団的自衛権。今回は一部容認。”このままだと日本がやられる”という場合に限って日本も応戦する。それ以外は、日本に重大な影響が及ぶと考えられるケースなどで米軍の後方支援をするというもの。つまり朝鮮半島、南シナ海の有事がそれに該当するかもしれない。大切なのは、〝何を〟〝どこまで〟容認するのか。それを国会で論議すべきだった。例えば、インド洋まで行くのか、それは違うのか、そういう具体的な議論。個別自衛権でどこまでできるのかという議論もあっていい。ところが、国会は徴兵制、戦争法案、憲法違反という極端なフレーズを野党側が持ち出して議論が停止してしまった」

中田はこう続ける。
「日本の防衛体制には法の隙間がある。例えば武装した漁民が尖閣諸島に上陸したら、現行法なら沖縄県警が出動するしかない。実際は、それでは手遅れだし、ピストル一丁で排除することも不可能。だからこそ、与野党、主義主張関係なく、日本の国会議員ならば、こうした危機感を共有すべき。もしこうした危機を認識していないとするならば、現状を理解する能力に欠けているか、嘘をついているか。どちらにせよ国会議員の資格はない」

ちなみにフィリピンの国会議員たちは、今回の法案ついては賛成、アキノ大統領は全面的に支持するという声明を出している。

今回の集団的自衛権の論議が、本質的にかみあわなかったのは、〝選挙〟を控えているからだ。「来年参議院選挙がある。そこで安倍政権の支持率を落とすために、野党は自民党に徹底抗戦した。そのため徴兵制といった飛躍した言葉を持ち出して国民の不安をあおった。つまり、安倍政権は独裁だ。自民党が強すぎるのは危険、野党にもっと力を与えてくれというアピールだ」
しばしば政治家と政治屋は区別される。
次の選挙をどうするか、そればかり考えている政治屋が本来やるべき論議をすり替えた。それが先日の安保法案審議〝騒動〟の一面である。

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構成・田崎 健太 (ノンフィクション作家 http://www.liberdade.com)