20150817_#059

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8月14日に出された安倍総理の戦後70年談話についてです。

11日の本ブログですでに意見は述べましたが、「侵略」「お詫び」「反省」「謝罪」こういった言葉がキーワードとして取り沙汰されていたなか私は「盛り込まれてもいいと思います。ただ、もし「謝罪」を盛り込むのであれば、これからの日本人が卑屈になってしまうような「謝罪」ではなく、これからの日本人が平和国家を歩むための宣言であるという内容で、かつ、言葉として掲げた上で、日本国民が広く理解をし、また世界の人たちにもアピール」して欲しい。そのように申し上げました。

実際の今回の安倍総理の談話は期待した内容が全て盛り込まれていて、私個人としてはこれ以上ないほど素晴らしい内容でした。

20年前、戦後50年の終戦の日に出された村山談話に比べ、安倍総理の談話は字数も多く、本当に丁寧に語られています。歴代内閣の立場を引き継ぐことも語られていますが、その立場とは当然「村山談話」のことも指しています。また「村山談話」が何に対してお詫びをしたのか抽象的であったのに対し、今回の安倍談話は、中国、東南アジアなどの戦火となった場所における無辜(むこ)の民に対して触れ、あるいは女性の尊厳ということで韓国の人たちに触れと、具体的なことを語ったうえで歴代内閣を引き継いでお詫びという言葉を使っていました。村山談話よりも、何が対象になっているかが明確に表れていたと思います。

中国や韓国が「それでも不十分」だと批判をしてくるのは外交上仕方のないことだと思いますが、今回言及したいのは「朝日新聞」です。
私は単なるレッテル貼りで朝日新聞を批判したことはありません。しかし、今回の朝日新聞の談話に対する批判は読むに堪えないものがありました。
今回の安倍談話について「この談話は出す必要がなかった。いや、出すべきではなかった。改めて強くそう思う」と社説で強く批判しています。本当にそうでしょうか。

今までの内閣よりも踏み込んだ内容で語られ、さらに今までの内閣の立場を引き継ぐことも明言して、これからの日本の平和国家としての歩みについても語っている談話内容に対しての朝日の書き方は「朝日新聞はとにかく安倍首相の批判であればなんでもやるんだ、結論は最初からありきなんだ」ということを露呈しています。

談話には「あの戦争には何ら関わりのない、私たちの子や孫、そしてその先の世代の子どもたちに、謝罪を続ける宿命を背負わせてはなりません」ともあります。この部分で批判するメディアもありますが、そこだけを切り抜くのではなく、その直後の「しかし、それでもなお、私たち日本人は、世代を超えて、過去の歴史に真正面から向き合わなければなりません。謙虚な気持ちで、過去を受け継ぎ、未来へと引き渡す責任があります」という部分も含めて読まねばなりません。私はこの談話は、完璧だと思います。一文だけを切り抜いて批判の対象にするようなことはあってはなりません

さて、中国について言及をするならば、4月の日中首脳会談で、中国の習金平・国家主席は「歴史を直視する積極姿勢を発信して欲しい」と注文を付けました。
今回の安倍談話によって、ボールは中国に返されたと思います。歴史を直視して中国はいかなる姿勢を取るのか。
今度は中国側が問われます。


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